あなたの避難場所は安全ですか?~陸前高田より

バスで陸前高田市内の被災地視察に行きます。
最長高さ18メートルの津波が町を襲いました。
海岸部ではビルの高さの4、5階にまで達したそうです。
 高田町はたった4分でなくなりました。
津波の速さは海上で時速100km、陸上で40~50kmだそうで、
100台のトラックがぶつかる位だそうです。
 
昨年ボランティアで訪れた方達は、あっという間に変わる町に驚きを隠せません
確か、ここに病院があって、ここには…もうそこには建物がありません。
犠牲者が出た建物は撤去され、去年とは景色が一変したそうです。
 

 
 
 
 
 
 
 
 これが6月完成予定の高田松原で一本だけ残り、
しかし残念ながら枯れてしまった一本松のモニュメントです。
降車することは出来ず車窓からでぼけていますが…。
県外の工場で松を輪切りにして中味をくりぬきカーボン製の棒通し、
保存処理、コーティングされてます。
しかしレプリカの松葉の形が本物とは違ったという意見でやり直しだそうです
 
この本物ではない松に1億5千万円をかけるとは…
信じられません
仮設住宅は今だ51箇所2168戸あります。
若い世帯から出て行かれてますが、残されたお年寄り、弱者に、
1億5千万円もあったら、もう少し何らかの支援が出来るはずです。
仮設戸数が減れば、別の仮設と合併するそうで、ご高齢者はその都度、
引越しとなります。
仮設住宅の方とお話して知りましたが、震災で足を負傷された方も沢山おられます。
 復興の順番間違っていると思います。
 
松にお金をかけると言った公人は、高台にある立派な豪邸に住まわれているか、
別の場所で操作されているのでしょうか…(これは私の全く勝手な問いです。)
一般人の私にはお役所仕事丸出しのように思います。
被災者との温度差激しすぎ
 
モニュメントを残すことはよいと思いますが、お金をかけないように残せないものでしょうか。
 
 
 他にも震災遺構として気仙中校舎、道の駅陸前高田「タピック45」(下画像)があります。
 
 
 
中には松の木が入り込んでます。
 
バスは復興を急ぐ沢山のトラックと行き違います。
あたり一面、更地になったり、プレハブの仮庁舎、会社、商店などが建ちだしています。
瓦礫も一まとめに集められています。
JRの橋が途中で途切れたり、
震災による地殻変動で起こった地盤沈下で、津波の水が引いていないところもあります。 
 
今回陸前高田の語り部として案内してくださった釘子さん の震災時の職業は、
千正夫さん関係の気仙沼にあった観光ホテルに勤務するホテルマンでした。
 
ご自身も今は仮設住宅に住まれていて、大震災の語り部として再起されました。
 

 
 
 
 
 

左上は高田一中の生徒さんがテニスをされています。
間の道路は警察、自衛隊が重機を使わず、手作業で作られました。
お陰で、下からは傷つかずに多数のご遺体が収容されました。
私が写真を撮っている高台にまで津波は押し寄せました。
真っ黒の山が向かってくる感じだったそうです。
 
下の画像は写真を撮っていた場所を下から写しています。
津波の力で左側の囲いが曲がってます。
釘子さん曰く、貴重なので家主さんに残していただいてるそうです。
 
 
今回の大震災では陸前高田市避難指定場所68か所の内、
35か所が津波によって流されました。
市民体育館は約100人以上の人々が避難しましたが、
生き残った人はわずかに3人でした。
水門を閉めにいった団員はじめ、消防団員の死者は51人となっています。
 
また市役所機能がストップして備蓄品、住民データも消失、
市役所の約三分の一、100人程死亡、当時確定申告期間中で沢山の住民も
市役所で亡くなられたそうです。
釘子さんは直ぐに避難所の確保に努められました。
このときの経験から、行政機関は高台になければならないと訴えておられます。
 

釘子さんは悲しくて、最初に非難した体育館に1年間行けなかったそうですが、
2年経って皆さんのためにと語り部としてスタートされ、今で4000人ほどにお話されたそうです。
たった、4000人と言われてます。
災害はいつ起こるかわかりません。
もっともっと皆さん、このような事が起こらないように知ってくださいとのメッセージを
預かってきました。
 
「あなたの避難場所は知ってますか?そこは安全ですか?」
 
避難場所を知っていても、安全か私もわかりません。
避難場所が安全か?
それを国民が一斉に確認する休日を、
3月11日に設定して欲しい私です
 
避難場所の防災グッズ、備蓄食料も市区町村によって様々です。
貴重な命と引き換えに、避難所の安全性を問いかけてくれた犠牲者達。
これを無にすることはあってはなりません。
 
今後、またいつ自然災害に遭遇するかわかりません。
地球46億年の歴史の中で、偶然、同じ時代を同じ国で生きている私達、
同じ空気を吸っている被災者を置いてけぼりにしないよう、
また同じ失敗だけは繰り返さないようにと願います。
 
このあとは、今夜の宿舎矢作温泉「鈴木旅館」へ到着です。
 
こちらのお風呂は、仮設住宅の方は無料で入浴できます。
お風呂での地元の人達のお話にも色々勉強させていただきました。
夕食は、仕出し弁当をいただきます。
 
 
ボランティアなのに…生協の懐の深さを改めて知りました。 
震災直後に入られたボランティアとは違ってきています。
被災者の方達を忘れませんように!
そんな思いが強くなるボランティア活動です。
 
 
20人部屋だったのですが、ふすまがしまっている部屋があり、
そっちの5人部屋に入りました
ボランティアでこられている方達は興味のある人達多数でした。
14時間のバスだったので、旅館では爆睡です
おやすみなさい~

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