【歴女見習い④】1日目「小谷城址」~小谷山を吹く風

小谷城址へ車を走らす。
 
途中、須賀谷温泉の看板を目にする。
 
その奥を行くと、片桐且元公顕徳碑の大きな石碑と
片桐且元公の父 片桐孫右衛門の墓の石標と小さな墓石があると書いてあるが
日没との戦いになってきているので、
ここは入らずにひたすら小谷城址を目指す。
 
 
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入り口に到着すも、「クマ出没注意」の看板。
先ほども車が2台ほど、ここでUターンしていたのが見えたが原因はこれ??
 
私は折角来たので立て看板に記載の電話番号に連絡し、小谷城址情報を聞く。
電話は観光案内につながり、
「クマ目撃情報はあるが、大丈夫ですよ。」と言われる。
その後「出ないとは断言できませんので、音のするものを持っていってください。
途中番所跡があり、そこに掲示板があり、それを見てください」との事。
クマは出るかもしれんのか~~
 
丁度、若い男女が車で来られ、クマ注意の掲示板を見られていた。
案内所に聞いたことをお伝えする。
有難うございますと言われ、諦めたのかなあと思っていた。
 
もう直ぐ日没を迎えそうな時間で不安であったが、小谷城址に続く山道に入る。
山全体が城郭となっているらしく、どこまで続くのかうっそうと茂る林道をひたすら走る。
途中、見晴らしのよいところがあり、一度休憩。
ふと後を見ると、先ほどの若い男女の車も来られてた。
車に乗り、番所跡に向け出発。
若い男女の車も後ろを付いてこられる。
 
番所跡に到着。
眼下に広がる夕日を帯びた町と湖を眺める。
 
時空を越え、戦国を生きていた先人達に思いを馳せる。
長政、お市の方、茶々、初、江もこの場所から同じ夕日を見たのだろうか。
茶々、初、江達はこの辺を駆け回ったのだろうか。
三姉妹の笑い声が聞えてきそうなそんな静けさである。
 
 
番所跡碑 
 

 
2台の車以外、時折山鳥の声が聞える静かな小谷城址番所跡。
このあたりに来ると紅葉が色づき始めており、
敵から身を守るために大層山深い高い場所に築城した当時の権力者達の栄華と英知を思う。
案内で聞いたとおり掲示板があり、それを見ると、ここから車を降りて、山道を歩く必要がある。
夕日が沈みかけており、冬眠前のクマとの遭遇もあるかもしれず、ここでUターン。
若い男女とお互い写真を取り合いながら、その方達もUターンされる。 
私は番所周辺を少し歩き、車に戻ると、
さっきの男女が心配してくれたのか、下の道で私の車が動くのを待ってくれていた。
とても親切な方達にお会いできホッコリとさせていただいた。
 
浅井三代に渡り、繁栄していった小谷城。
信長が越前の朝倉氏を攻めることを知り、妻お市の方の兄信長に刃向った長政。
朝倉氏は滅亡、小谷城を織田軍が総攻撃。
長政自刃、浅井三代50年の幕が閉じられた。
 

そんな歴史の舞台となった小谷城址の風を感じたことは
この旅
での大きな思い出の一つとなった。
 
                    (まだまだ続く)

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